税理士試験合格者は強い熱意を持っている?~試験合格に強い熱意は必要か~

税理士試験を合格するは強い信念や熱意が必要なのでしょうか?
オリンピックの選手など、何か大きなことを成し遂げている方は、1位を取ることなどに対する強い熱意を必ず持っている、というイメージはありますよね?
そういった方のインタビューなどは、大抵その熱い思いがにじみでるような内容です。

しかし、オリンピックでメダルを取るようなことは、何人もの競技者の中でたった数名に入る、という非常にレベルの高い話。
そのため、毎年800人程度の必須科目合格者が出て、毎年700人程度5科目合格者がでる税理士試験などとは、またレベルも内容も違うもの。

それでも、税理士試験を合格するような人も、強い熱意があるようなタイプの方が多い?ということも気になりますよね。
それとも、別に熱意がないようなタイプの方でも合格できる?

合格する人は熱意のある人?

私は、税理士試験についてみれば、純粋に自分の心からあふれる熱意をもとに、熱心に努力をして合格に行き着いた、というタイプの方は意外と少ないのでは?というように思います。

どちらかというと、(一番はじめは強い熱意もあったかもしれませんが、)
・「業界に入ったからには合格を目指さなくては」という義務感・使命感
・「ずっと勉強をしてきたから」といった習慣
を長い期間持ち続け、合格に行き着いた、というタイプの方のが多い、というふうに思います。

そのため、「もう熱意は失ってしまった」という方でも継続する意思さえあれば合格可能ですし、逆に「強い熱意を持っているから」といって合格できる、という性質のものではない、と言えるでしょう。

そもそも熱意とは何か?

まず、そもそも熱意って何?ということから見て行きましょう。
ネットで調べると、goo辞書では、「物事に対する意気込み・熱心な気持ち」とあります。
難関試験などの合格をする際の意気込みとは、具体的には下記のようなものが挙げられるでしょう。
「独立したい」
「顧問先の成長を担いたい」
「中小企業を支えたい」
「みんなから尊敬されたい」
「とにかく人よりお金を稼ぎたい」

そんな強い意気込みを持って、難関試験の合格を目指す、という方は受験生の多くを占めるように思います。
そもそも、なんの熱意もなく、難関試験に挑戦しよう、というタイプの受験生のほうが、少数派のように思います。

しかし、そういった純粋な熱意だけで合格できる、といった性質の試験でもない、ということも事実です。

なんの熱意もなく受験をする場合とは?

「本当にただ親などに言われたから受験しているだけ」
「消去法的に受験することに決めた」
といったようなパターンが挙げられるでしょう。

なぜ熱意だけでは合格できない?

強い熱意がある=モチベーションが高い
⇨質の高い勉強ができる

という図式は間違いありません。
それでも、強い熱意があるだけでは合格できない、ということが現実です。
その理由は下記。

①「自然に湧き出る熱意」は持続しにくい
②熱意の冷めやすい現実がある
③熱意をぶつける先のない試験である

①「自然に湧き出る熱意」は持続しにくい

まず、「自然に湧き出る熱意」は持続しにくいです。
例えば、一般の会社に勤めていて、「もっと自由に仕事をするため独立したい」と思ったとします。
しかし、そんな思いも、そのきっかけとなった環境から離れたりすれば、だんだん熱意は消えて行くものです。
税理士試験は非常に長い期間がかかる試験。
その熱意だけで7年、8年と勉強を続けることは困難です。

②熱意の冷めやすい現実がある

そして、「〇〇をしたいから税理士を目指す」、という熱意は、現実を見て冷めるような内容が多いです。
その熱意は、スポーツのように、「金メダルを取る!」といった純粋な意気込みではなく、「税理士をとって独立する」といったように副次的なもの。
そこには様々な現実があります。

「自分には力が及ばない」という現実は、スポーツでも試験でも同じように存在しますが、自分が目指すべき形として本当に正しいものなのだろうか?という根本的な問いを突きつける現実は、スポーツ等と比べて多いでしょう。
様々な現実を知ってもなお、純粋な強い熱意を持ち続けることは、意外と難しいものです。

③熱意をぶつける先のない試験である

また、税理士試験の中で、特に税法科目については、「熱意をぶつける先のない試験」であると私は思います。
会計科目については、総合問題にがむしゃらに取り組み、「1時間でやりきった!」というような達成感を得られる部分もあります。
しかし、税法科目については、緻密な暗記作業などを淡々と続けることが求められており、熱意のぶつけどころが少ないです。

この点もスポーツとは違うところ。
私は最近ボルダリングに毎週通っていますが、全身を使ってがむしゃらに登ることができ、達成感も得られます。
スポーツは、このように練習などで純粋に熱意をぶつけることができます。
このような環境は熱意を糧に動いている人にとって有利となるでしょう。
しかし、熱意をぶつける対象がないような「試験勉強」を相手にすると、その熱意はどんどん奪われてしまいます。

新たな熱意が湧くのは合格後

上記のように、「熱意があれば、合格できる」とは限らないですが、うまく合格さえできれば、新たな熱意がどんどん湧いてくるでしょう。
実際にできることが広がるからです。

「独立したい」
「顧問先の成長を担いたい」
そういった熱意に対しても、直接行動することができます。

その意味では、熱意を語る有資格者の中には、「熱意があるから合格できた」のではなく、「合格したから熱意を語っている」のかもしれません。

私の体験談

私も、「税理士になって独立したい」といったことは考えていましたが、「その気持ちが誰よりも強かった」とは思っていません。
純粋に強い熱意があったのは、はじめの2〜3年。
その後はどんどん純粋な熱意も衰えるばかりです。

その中で、合格まで続けることができたのは、長期的なモチベーションを管理するために都度目標を設定した点と、勉強することが当たり前になった、という習慣化が鍵であったかと思います。

私はたまたま合格をすることができたため、このようなブログも立ち上げることが出来ました。
合格することが出来たからこそ、新たな熱意も持っていますし、今のように自由に活動ができています。
しかし、合格できていなければ、このようなブログも立ち上げなかったでしょう。

まとめ

まとめると、熱意がある人は、確かに強いです。
熱意がある人は高いモチベーションがあり、高いモチベーションは大きな力を発揮するからです。

しかし、「自然に湧いた熱意」は、意外と安定しないものです。
そのため、難関試験を合格したい、と思う方であれば、自らをコントロールし、高いモチベーションを保ち続ける工夫をすることが必須、と言えるでしょう。